はじめに

 今回より、「学生による判例」シリーズとして、判例をベースとした仮想の自作問題と自作答案、およびその解説をしていきたい。このシリーズで取り上げる判例は、基本書や参考書等で重要なものとして取り上げられているものから、個人的に取り上げてみたいものなど、多岐にわたって行ってく予定である。
 とくに、解説においては、自己答案を作成するにあたっての思考過程をできる限り記述する方針で進めていく。
 そのため、基本書や予備校の教材のように綺麗にまとまったものにはならないと思うけれども、「余白が狭すぎる」ということが生じない本ブログにおいては、むしろここを味にしていきたい。

 このシリーズの対象とする読者は、基本的には学部の授業を一通り履修した者を想定している。もっとも、そうでない初学者にもできるだけわかりやすく解説していきたい(このブログは、学生同士のゼミのような場を前提としており、多分に不十分な点ないし誤りが混入する可能性がある。このことには引き続き留意していただきたい。)。

 まずは、民法の一般原則から始めていこう。初回は、大判昭和10・10・5民集14巻1965頁1いわゆる宇奈月温泉事件を題材とする。

 なお、問題中の金額は、日本銀行のサイト2を参考にして、上記事件で登場した昭和10年当時の金額を、当時の企業物価指数における戦前基準指数と令和6年における戦前基準指数をもとに算出したものである。
 金額の感覚について共有したかったため、旧価値のままの金額での表記を避けた。
 もっとも、あくまで目安であって、現代において必ずこのような金額として評価されるわけではないことに注意願いたい。

問題 俺だったらガッポリ稼げる

自作答案

 ※ 以下、自作答案を記述するけれども、本ブログの方針のとおり、完ぺきな内容を記述しているわけではないため(そのようなものが書けるのであれば苦労しない。)、批判的な視点を忘れることのなきようにしていただきたい。

 ※ 文字数は、スペースも含めて2,403文字となった。
 ※ 本来、「以上」は、解答文の直後右下部分に記載すべきであるけれども、当ブログのシステム上左下に記載した。本番の答案については、くれぐれも解答文直後の右下部分に記載するよう注意いただきたい。

解説1 -構成と思考過程-

 本問は、先に述べたように、有名な宇奈月温泉事件(大判昭和10・10・5民集14巻1965頁)を題材としている。
 注意してほしいのは、答案にしやすいように実際の事実を変更している点が多分にあることである。そのため、宇奈月温泉事件で認定された事実が上記の問題と完全一致であると誤解しないようにしてほしい。
 もっとも、事件のコアとなる部分を、答案で書きやすいように書き表したつもりではある。実際の詳しい事件詳細を知りたい場合は、判例百選3等の他の資料を確認していただきたい。

答案の構成

 上記の自作答案の構成は次の通りである(番号は段落番号と対応している。)。

1 争点を導くための前提の簡潔な記載
2 争点である「権利の濫用」が問題となることを導くための記載
3 「権利の濫用」にあたるかの規範を導くための論証
4 あてはめ
5 結論

思考過程

 思考過程も含め基本的な事項は、下の投稿で解説しているため、確認していただきたい。

 問に答えるにあたっての思考は、次の事項を意識すればよい。

  • 問われていることの確認
  • 問に答えるために必要な主要な争点の発見
  • 争点にたどり着くまでの論理の整理
  • 争点についての結論

問われていることの確認

 本問の問題文を振り返ってみると、【設問】ではXの請求が認められるかが問われているところ、問題文の最終段落にて、「Xが甲土地上の引湯管の撤去を求めて訴えを提起した。」との記載がある。
 このことから、本問では、Xによる引湯管という物の撤去の請求が認められるかが問われているとわかる。
 さらに、問題文を読めば、この引湯管の撤去めぐって争っているのはY社であるとわかるから、Y社に対する請求が問題となっていることもわかる。

 よって、結論を導くためには、XのYに対する引湯管撤去請求権の行使が認められるかを検討する必要がある。

 この検討は、請求権が存在するかその行使が認められるかという二段階に分けて行われる。

 「請求権が存在するか」について、【事案】をみても、XY間に撤去に関する債権的関係はみられない。そのため、物権的請求権の存否を論じるほかない。

 引湯管は甲土地の一部に設置されており、また甲土地そのものを占有するには至っていない。そのため、具体的にはXの甲土地所有権に基づく妨害排除請求権としての引湯管撤去請求権の存否を検討していくことになる。
 請求権が存在するとすれば、「その行使が認められるか」を検討することになる。

問に答えるために必要な主要な争点の発見

 ここでいう争点とは、問に答えるための流れのなかで、簡単に結論を導けないためもっとも争いが生じるところのことをいう。
 個々別々の問題文を検討し、問に答えるために当事者同士でもっとも争いが生じえる点、すなわち法律の解釈が複雑であったり、事実の評価が難しかったりするような点があれば、それが争点である。

 では、問に答えるための流れを意識して考えていこう。

 Xの甲土地所有権に基づく妨害排除請求権としての引湯管撤去請求権が存在するためには、①Xに甲土地の所有権があること②Yの引湯管が甲土地に設置されていること③②がYの正当な権原に基づかないことの3つの要件を満たす必要がある。

 ①を満たさなければXは物権を有しないし、②を満たさなければYに対して要求する意味はない、また③を満たさなければ物権的請求権はもはや存在しないものと扱うべきであるからである。

 ところが、【事案】をみると、XはAから甲土地を購入していて①は満たされるし(民法176条)、Yが所有している引湯管が甲土地上に設置されていて②も満たされる。②について未だにYは土地利用権を獲得していないから正当な権原はなく③も満たされる。
 したがって、上記のXの引湯管撤去請求権は存在すると簡単に認めることができる。

 そこで、「その行使が認められるか」について【事案】をみると、Xが権利救済ではなく単なる金銭要求を目的として権利行使していそうだということが読み取れ、かつ、引湯管が撤去されることによる不利益が金額や態様面で大きいことが明らかであるということも読み取れる。
 これらの事実から、Xの請求権行使を認めることは妥当性の面で大きく疑義があるという評価が成り立つため、一般条項を用いてその行使を認めないこととすることによって結論の妥当性を導き得ないかが問題として現れることになる。

 一般条項の適用自体、厳格な要件が明文で定められていないからこそ、丁寧な論証が求められるし、請求権の存否が簡単に決着したことに照らしてみても、一般条項の適用の可否こそが本問に答えるために必要な主要な争点であると発見することができる。

 さらに具体的に主要な争点を摘示(てきし)すれば、一般条項のうち民法1条3項の権利濫用禁止規定の適用の可否である。

争点にたどり着くまでの論理の整理

 ここまでの話を整理して読者(採点者)に、何が問われていて、何が問題となるのか、どうしてそれが問題として登場するのかを伝えていく。

 突拍子もなく争点を書いたところで、先にあげた投稿で述べているように論点主義となるだけで悪手でしかない。

 今回の争点は、権利濫用禁止規定(民法1条3項)の適用の可否である。

 なぜこれが争点となるのかは前述したとおりであって、これを改めて整理すると次のようになる。

  1. 請求が認められる最低条件の摘示 → 引湯管撤去請求権の存在 ⇒ 土地所有権の保有+引湯管の土地への設置+相手方の正当な権原の不存在
  2. 請求が認められる最低条件は満たされることの摘示
  3. 請求を認めることの妥当性

 答案では、このながれを読者(採点者)に示してから、(もっとも冗長にならないようにメリハリをつけつつ、)争点の中身について詳述していくことになる。

 今回の答案では、段落番号1と2がこれに対応している。

争点についての結論

 以上の流れを経たのちに、具体的な争点について丁寧な三段論法を用いながら結論を導いていく。
 今回の問題を解く思考過程は、以上である。

解説2 -争点についての理論と判例-

 ここからは、争点の具体的な内容について解説する。

 争点となっているのは権利濫用禁止規定(民法1条3項)である。
 まずは、条文をみてみたい。

民法1条3項 権利の濫用は、これを許さない。4

 とても短い条文である。
 構造としても、要件は「権利」「濫用」することのふたつで、効果は「許さない」すなわち権利行使による効果の否定と簡潔明快である。

 これらの要件や効果の内容についてさらに詳しく明らかにするためには、その要件・効果が設けられた趣旨、すなわち民法1条3項の趣旨を明らかにする必要がある。

民法1条3項の趣旨

 ある条文の趣旨というのは、条文の文言やその位置等から具体的な状況を想起できるところ、この具体的な状況に本条が存在することで与える影響等から、いかなる正義を意図しているのかについて着想を得て導き出すこともできる。

 もっとも、このような手掛かりが限りなく少ないこともある。
 今回のお題である民法1条3項(権利濫用禁止規定)などの一般条項がその最たる例である。

 このような場合には、どのように趣旨を導き出せばよいか
 それは、もっと大本の解釈規定に立ち返ることである。

 ほかに解釈の手掛かりが限りなく少ないということは、大本の解釈規定の内容が真正面にあらわれることの裏返しということができるのである。

 大本の解釈規定とは、「解釈の基準」という題名が与えられている民法2条である。

民法2条 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。5

 したがって、民法2条に照らし、民法1条3項の趣旨は、個人の尊厳と両性の本質的平等に奉仕するところにあるといえる。
 個人の尊重と両性の本質的平等という正義を実現するために設けられた条文といえよう。

 この民法1条3項の趣旨と、限りなく少ない手がかりである、民法の冒頭という位置に設置された条文であるということに照らせば、以降のすべての民法上の権利の行使ついて、それぞれの個々の権利が意図する(個人の尊厳と両性の本質的平等にかなう)正義に反する又は沿わない行使を否定して、この正義を実現するというより具体的な趣旨をも導き出すことができる。

 もっとも、「権利の濫用」は、近接する規定との関係も触れておかなければならない。

 すなわち、先に述べてとおり、権利濫用禁止規定は民法の冒頭部分にあるわけであるところ、同じ条に括られているものに信義誠実の原則(信義則、民法1条2項)があり、これとの関係も触れる。

民法1条2項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。6

 みてわかるように、同項も権利濫用禁止規定と同じく、権利の行使にも着目している規定である。 
 一般に、信義誠実の原則ないし信義則とよばれる。

 信義誠実の原則も権利濫用の禁止と同じく民法の基本原則であるところ、信義誠実の原則のほうが権利濫用の禁止よりも広い概念ということができる。
 なぜなら、信義誠実の原則も以上の説明と同様に個人の尊厳と両性の本質的平等という正義の実現を趣旨とするものといえ、両規定はともに同じ趣旨のもとにあるといえるところ、「権利の濫用」となるような権利の行使は、信義に反し、誠実に行われていないと評価せざるをえないものの、「権利の濫用」とまでいえない行使であっても、信義に反し、誠実に行われていないと評価できる場合があるからである。

 したがって、権利濫用禁止規定は、信義誠実の原則である民法1条2項に含まれる行為のうち、「権利の濫用」という行為態様に着目して特別に規定されたものといえる。
 つまり、権利濫用禁止規定は、信義誠実の原則の一態様なのである。

 そのため、先に示した民法1条3項の趣旨は、信義誠実な権利の行使を実現するところにあると言い換えることが可能である。

要件

 以上の趣旨のもとに、要件を解釈していこう。

「権利」

 ここでいう「権利」とは私法上認められた明文不文を問わないすべての権利である。

 以上で示したように、私法上のすべての権利が個々の規定が意図する正義に反しないようにするための規定こそが民法1条3項であるからである。

 なんらかの権利について、適用除外としなければならないという事情は条文上見受けられない。

「濫用」

 「濫用」とは、読んで字のごとく度が過ぎて道を外れるような用い方を意味するところ、いうなれば個々の規定が意図する目的(正義)に反する又は沿わない用い方と評価された結果のことである。

 このように、要件が、具体的な事実ではなく、評価された結果であるものを規範的要件という。7

 したがって、「濫用」にあたるかどうかは、濫用にあたることを基礎付ける事実と濫用にあたらないことを基礎付ける事実とを総合的に考慮して判断するほかない。

 もっとも、これだけでは、いまだ判然としないところが多い。

 このようなときに助けてくれるのが、判例(および裁判例)である。

 本問の題材にもなっている宇奈月温泉事件判決(大判昭和10・10・5民集14巻1965頁)は、妨害排除請求という所有権の本質にかかわる事項について、次のように判示をしている。

 著者が太字にした部分のみを抽出し並べ替えると、つぎのような文章とすることができる。

 所有権の保護に関する「行為」が、「社会通念上所有権の目的に違背し、その機能として許されるべき範囲を超脱するもの」であり「真に権利を救済しようとするものとはいえない」場合には、「権利の濫用にほかならない」ものというべきである。
 なぜなら、このような場合の「請求は」「その実体においては保護を与えるべき正当な理由を欠如する」からである。
 そして、所有権に対する侵害からの保護に関する請求について、「当該侵害による損失をいうに足らず、しかも侵害の除去が著しく困難であり、たとえ除去しうるとしても莫大な費用を要する場合」において、「不当な目的を図って」されたものであるといえるときには、「真に権利を救済しようとするものとはいえない」と解される。

 これからは、所有権の保護に関する行為ではあるものの、「濫用」についての具体的な判断内容について考察することができる。

 すなわち、判例は、所有権の保護に関する請求について、「当該侵害による損失をいうに足らず、しかも侵害の除去が著しく困難であり、たとえ除去しうるとしても莫大な費用を要する場合」において、「不当な目的を図って」されたものであるといえるときに、「権利を救済」するという請求権の目的(正義)に反した「濫用」があると述べているといえる。
 そして、これをさらに分析すれば、次の事項について評価しているものだということができる。

  • 当該侵害による損害をいうに足らず ⇒ 請求権行使による利益
  • 侵害の除去が著しく困難であり、
    たとえ除去しうるとしても莫大な費用を要する場合 ⇒ 請求権行使による不利益
  • 不当な目的を図って ⇒ 主観的な不当性

 つまり、請求権行使による利益が小さく、請求権行使による不利益が大きい場合に、主観的な不当性がある場合には、「濫用」にあたりうるという発想を前提にしていると考えられるのである。

 このとき、請求権行使による利益と不利益の大小は、両者の比較が重要である。
 なぜなら、請求権行使による不利益が利益よりも大きいといえるからこそ、形式的に認められているはずの権利についてその行使を認めないということを基礎付けることができるからである。

 そして、判例は、このような客観的利益衡量だけでなく、主観的な不当性までなければ「濫用」にあたらないとの立場を採用しているということができる。
 判示中に具体的な理由は挙げられていないものの、考えられる理由としては、既成事実の重視に傾く判断となるおそれがあり、個人の尊重が果たされなくなる可能性があるところ、そのような解釈はしてはならないから(民法2条)、このような結末にならないように主観的な不当性まで要件として解釈する必要があるということがあげらよう。

 もっとも、請求権行使による不利益が利益よりも上回る場合であってもその上回るという程度が軽微であって、かつ主観的な不当性があるといってもその不当性が微弱なものであるというときに、ただちに「濫用」と評価できるかは微妙なところがある。
 つまり、以上にあげた事項は、あくまでも考慮要素にすぎないのであって、結論として正義にかなうか否かを語らなければならないのである。

 このとき、先に述べたように、「権利の濫用」は「信義誠実」の一態様場面といえるから、規範としては、「正義」よりも具体的でかつ民法上明記されている「信義誠実」という語を用いて締めくくるべきである

 ここまでのことをまとめると、「濫用」の判断となる規範として次のようにあらわすことができる。

 すなわち、「濫用」とは、比較衡量を踏まえながら、行使者の主観的事情についても着目し、総合的に検討して個々の権利趣旨そわない信義誠実に反したものと評価される場合をいうのである。

効果

 民法1条3項の効果は、「これを許さない」というものである。

 「これ」とは「権利の濫用」を指している。そして、「許さない」というのは、権利の行使を認めないということである。

 権利を行使をすることで、ある効果が法的に生じることになる。
 これを認めないということは、つまり、その権利の行使があったとしても、それに対応する法的な効果は生じないという法的効果が生じるということである。

 大切なのは、単に行使の効果が否定されただけであって、権利そのものの存在が否定されるわけではないことである。
 したがって、『「権利の濫用」にあたるため、Xに権利は存在しない』などと答案上で記述してはならない。

理論および判例の汎用化(いわゆる論証化)

 最後に、先に示した「判例の汎用化」をもちいつつ、さまざまな事案に対応できる自己のいわゆる「論証」のようなものを示しておこう。

 今回は、民法1条3項の権利濫用禁止規定についてである。

 1 いかなる場合に「権利の濫用」(民法1条3項)といえるかが明らかでないため、検討する。

 2 民法1条3項の趣旨は、「濫用」といえる権利の行使を阻止することで、個々の趣旨にかなった信義誠実な権利の行使を実現するところにある。そのため、事案を総合的に検討して個々の権利の趣旨にそわない信義誠実に反したものと評価される場合に、「権利の濫用」にあたると解される。
 この際、権利の行使による利益と不利益との比較衡量はもちろん、行使者の主観的な不当性についても考慮すべきである。なぜなら、比較衡量のみでは、既成事実の重視に傾く判断となるおそれがあり、弱者ほどその行使が濫用と評価されかねず、個人の尊厳(民法2条)の観点からして不当だからである。

 事案に応じて、適宜適切に内容を省略し、または付け足して用いるとよいであろう。

おわりに

 今回は、宇奈月温泉事件判決を題材として、問題を作成してその答案を示しつつ、これの解説と理論を答案で使えるように汎用化したものを記述した。

 内容面や記述面で至らない点は多々あるとは思うけれども、これからも地道に理解の深化と定着を図れるように頑張っていきたい。

 ここまで読んでいただいた方に心から感謝申し上げる。

 批判的な視点からの観察を忘れることがないように、自身でさらに理解を深めていただければ幸いである。

以上


【参考文献・補足脚注等】

 ・大村敦志「権利の濫用⑴--宇奈月温泉事件」塩見佳男・道垣内弘人『民法判例百選Ⅰ[第9版]』第1番(有斐閣、2023)
 ・山野目章夫『民法概論1-民法総則-〔第2版〕』(有斐閣、2022)

  1. 大判昭和10・10・5民集14巻1965頁 ↩︎
  2. 日本銀行「昭和40年の1万円を、今のお金の価値に換算するとどの位になりますか?」 ↩︎
  3. 同大村 ↩︎
  4. 『民法(明治二九年法律第八九号)』令和7年6月6日施行 ↩︎
  5. 同民法 ↩︎
  6. 同民法 ↩︎
  7. 同山野目 ↩︎
  8.  原文は次の通りである。
     「按スルニ所有権ニ対スル侵害又ハ其ノ危険ノ存スル以上所有者ハ斯ル状態ヲ除去又ハ禁止セシムル為メ裁判上ノ保護ヲ請求シ得ヘキヤ勿論ナレトモ該侵害ニ因ル損失云フニ足ラス而モ侵害ノ除去著シク困難ニシテ縦令之ヲ為シ得トスルモ莫大ナル費用ヲ要スヘキ場合ニ於テ第三者ニシテ斯ル事実アルヲ奇貨トシ不当ナル利益ヲ図リ殊更侵害ニ関係アル物件ヲ買収セル上一面ニ於テ侵害者ニ対シ侵害状態ノ除去ヲ迫リ他面ニ於テハ該物件其ノ他ノ自己所有物件ヲ不相当ニ巨額ナル代金ヲ以テ買取ラレタキ旨ノ要求ヲ提示シ他ノ一切ノ協調ニ応セスト主張スルカ如キニ於テハ該除去ノ請求ハ単ニ所有権ノ行使タル外形ヲ構フルニ止マリ真ニ権利ヲ救済セムトスルニアラス即チ如上ノ行為ハ全体ニ於テ専ラ不当ナル利益ノ掴得ヲ目的トシ所有権ヲ以テ其ノ具ニ供スルニ帰スルモノナレハ社会観念上所有権ノ目的ニ違背シ其ノ機能トシテ許サルヘキ範囲ヲ超脱スルモノニシテ権利ノ濫用ニ外ナラス従テ斯ル不当ナル目的ヲ追行スルノ手段トシテ裁判上侵害者ニ対シ当該侵害状態ノ除去並将来ニ於ケル侵害ノ禁止ヲ訴求スルニ於テハ該訴訟上ノ請求ハ外観ノ如何ニ拘ラス其ノ実体ニ於テハ保護ヲ与フヘキ正当ナル利益ヲ欠如スルヲ以テ此ノ理由ニ依リ直ニ之ヲ棄却スヘキモノト解スルヲ至当トス」 ↩︎